日本の高度経済成長にが終わったとされる1973年は10才だったので、
その時、企業がどんな状態であったかを直接的には体験していない。
私は生まれた時から会社の事務所の2階で育ったおかげで、
子どもながらに工場が増築されたり人が増えたり、
特に工場の稼働時間がどんどん長くなり深夜も工場が操業していたのを覚えている。
事務所の前がダイカスト工場で、その頃エアコンは無く、夏になると窓を開けたまま寝ていた。
暑さに加えダイカストのスプレー吹付け音と射出音とモーターの音+コンプレッサーの音で、
眠れなかった思い出が強く残っているからだ。
1955年~1973年の高度経済成長の時期にどう経営し、
1973年以降のどんな状況をどう経営したかによって、
その企業が現在どうなっているかの大きな一因があるのでは。
今のインドも毎年10%までは届かないにしても高い経済成長がつづいているので、
比較することは意味があるのではと思い考える。
結論めいたものが浮かんでいりわけではないので、
とりとめのないものになるかも・・・。
前いた会社(日本.J社)とインドローカルメーカー(インド.K社)を比較する。
この二社の共通点は
・経営は男兄弟による親族経営 日本:5人兄弟 インド:4人兄弟
・アルミ鋳造業 日本:木型・砂型・低圧・GDC・PDC インド:GDC・PDC
・創業は成長期以前
・急激に売上が増加
・売上規模も近い
大きく異なる点は
・日本:5人で3工場を管掌 インド:4人で7工場を管掌
・階層・階級制の違い
日本側は戦後創業以来オイルショックなどの影響も受けず、
創業間もない頃を除けば右肩上がりで成長しつづけ、1999年までは一貫して黒字経営。
会社の規模は大きくはないが、利益率も高く、バランスシートは優良であった。
しかし2000年から大きく様変わりして急激に悪化し連続の赤字決算に陥る。
原因はいくつかあるが、きっかけはコストカッターの出現で従来経験したことのない大きさの、、
コストダウンというストレートパンチをカウンターで喰らい、KO寸前に追い込まれた。
なぜカウンターパンチのように効いてしまったかが問題。
つづく